枯葉舞う駅前の20:00
前回の続きです。B君、まだしつこく聞きます。
「だからA子さん、給料いくらもらってるんですか?」
「言えないも~ん」
「じゃ、わかりました、いっしょに言いましょう。せーの!」
ふたりは「19万(モゴモゴ)……」と声を合わせます。
とたんに冷めるB君。
「まじですか……A子さんくらい長く勤めてるのに、ボクとそんなに変わらないなんて、ちょっとショックですね」
「そんなもんだよお~」
A子、まだ甘い口調をくずしません。
ふたたび帰りたそうなそぶりを見せてB君がそわそわしてもとりあわず、そのまま自分のペースにもっていきます。
「××さん、さびしがると思うよ~」
「ああ……今日も会社に帰ってくると思って待ってたんですけど、直帰だったみたいですね」
「さびしがると思うよ~、B君のこと、あれだけかわいがってたのに」
「そうですね……そのうち、挨拶しなくちゃいけないですね」
「さびしがると思うよ~」
A子の横顔はどんどん翳ります。とうとうB君、はっきり切り出します。
「あ、そろそろ行かなきゃ、すいません!」
「ああ、わかった……私も出る」
A子、B君があわてて店を出るその背中に、キケンな声をかけました。
「私は今日はいいんだけどなぁ~、ダンナも遅いからひとりなんだ~」
「あ、そうなんすか~」
軽く受け流すA君。枯葉舞う駅前のドトールはもうすぐ20:00……。
時間が迫る男と女
前回の続きです。30歳前後の既婚者A子と20代半ばのB君。
「結婚してる人って、もっと起きるの早いんじゃないすか?」
「私はかけもちで、いろやってるから、なかなか起きられなくってさ~。早く起きるように、いつも練習してるんだけど」
「練習(かよ)!」とツッコむかのようにB君は笑い、少々大人びた口調になってつけ加えました。
「僕は5時半じゃないと間にあいませんよ」
「へえ~」
だいぶ格下感をもたれて話しかけられているA子。気づいているのか、いないのか。
やがて、帰らせたくないA子は、ふたりに別れの時間が近づいていることを、だんだん意識しはじめます。なんだか急にしんみりした口調になって言いました。
「パートの○○さん、1カ月で辞めちゃったね~」
「定着しませんよね」
「なんでなのかなぁ~」
「それはやっぱり、みんないろいろあるんじゃないすかね、給料とか、仕事きついとか。あ、そうだ、A子さん!」
「なに?」
期待の目を輝かす女。
「A子さん、給料いくらもらってるんですか?」
露骨にがっかりするA子。
「そんなこと言えないも~ん……」
既婚者A子、年下男に甘えるような口ぶりをしています。悪い女ですね~。
「いくらもらってるんですか?」
「え~ほんとぜんぜんもらってないよ~」
「いや、だからいくらなんですか?」
生臭い話になってまいりました~。B君、なかなか俗いっぽい~。
帰らせたくない女
前回の続きです。A子、食い下がって聞きます。
「なんでやめちゃうのよぉ~?」
「いや、そろそろかなと思って。給料も安いし」
20代半ばのBくん、あくまも冷静に答えます。
「それにしても突然じゃん? 今日じゃなくても」
「そういうわけでもないですよ。今日で定期が切れちゃうし」
「そういう問題じゃないでしょう」
「いや、大きいでしょ。定期が切れてまで、来たくないし」
「そんな小さなことなの?」
「だって、もったいないじゃないすか」
絶句するA子。意外に小さい男だと思ったのでしょうか。でも、こんなことありがち。Bくんはすでにふっ切れた表情で、スカーッと抜けた顔をしています。
なんとかここで自分のほうへ興味をひきたい。もっといっしょにいたい。話題を変えたら、どうにかなるかも……。そんな気持ちなのでしょうか。
それとも、あまりに面食らってしまって、いっぺんに気持ちが白けてしまったのでしょうか。
なんとも複雑な表情をしているA子。話のきっかけをさがそうとしはじめたものの、出てこない……。
すると、Bくんはしらけた空気に気づいて、話題を変えました。
「A子さん、いつも何時に起きてるんですか?」
「私? 8時くらいかな」
「結婚してる人って、もっと早いんじゃないすか?」
A子が既婚者だったとは……。
帰りたい男
18時30分。世田谷区内のあるドトールにいました。カウンターのガラスごしに駅前の風景が見えます。
30歳前後の女性がカウンターにすわって、視線を泳がせています。しばらすると、20代半ばの青年が現れました。スーツ姿、刈り込んだ短い髪。爽やかな表情です。
「あ~すいません! あ、A子さん!」
「フフフ、だれが待ってるって言われたの?」
「いや、先輩で話したい人がいるって……」
「フフフ、私じゃないと思ったぁ? Bくんもなにか飲めばいいじゃん~」
「いや、いいです。今日は早く帰らなきゃならないんスよ」
「なあに?」
一瞬、恐ろしい表情を見せる女性。
「彼女?」
「いや、あの、今日は車で来てるんで、運転して帰らなくちゃいけないんすよ」
女性は動揺を隠しながら笑顔をつくります。
「なあに~最後だから、彼女を乗せてドライブでもするのぉ?やけになって、とばしちゃったりするのぉ~?」
「しませんよ、こんな時間から」
「……ねえ、なんでやめちゃうのよぉ?」
「はは、まあいいじゃないすか」
「なんでなのよぉ~」
「はは」
「今日、専務と話したでしょ?」
「はい、初めて話しましたよ。今までなに考えてんだか、まったくわかりませんでしたからね。最後になって初めてです」
「なんでやめちゃうのよぉ~?」
女性、食い下がっています。さらに次回……。